【コラム5】食べ物が国境を越えるとき(渡部友子先生)

 昔アメリカに留学中、不思議な食べ物に遭遇しました。ブロッコリーの天ぷらです。日本料理店で注文した盛り合わせの中に入っていました。「日本でこれは揚げないよね」と大笑いしましたが、改めて「具材にできる・できないの基準は?」と聞かれたら答えに窮します。レンコンやカボチャも揚げるのですから、ブロッコリーも悪くないですよね。また数年前には、イギリスでJapanese vegetarian noodles in soupを注文したら、野菜に交じって揚げ豆腐が入っていました。菜食主義者が肉を豆腐で代用することを考えると不自然ではありません。野菜ラーメンを期待した私には違和感がありましたが、まずくはなく、この店も盛況でした。

 食べ物が国境を越えると、行った先で変化を起こすことがよくあります。これは「現地化」という現象で、上はその例です。異国の食べ物をそのまま持ち込み根付かせることは簡単ではありません。それは、同じ材料が手に入らない、同じ材料でも風味が異なる、食べる人の好みが異なる、などの事情があるからです。現地化しなければ拒絶されることもあります。例えばパンは日本に普及しましたが、もちもちの食感が好まれるためか、欧米で一般的な固めのパンはあまり店頭に並びません。

 異国の食べ物が現地化するということは、その国で特定の地位を獲得するということです。その際に、元の国での地位より高くなることが多いようです。例えば、イタリアの庶民食ピザは移民によりアメリカに持ち込まれ、そのまま庶民食として根付きました。現在は宅配食の代表的存在です。ところが宅配ピザチェーンがイギリスに近年進出した際、なぜかおしゃれなレストランになりました。またイギリスのFish & Chipsは、白身魚に衣を付けて揚げてポテトフライを添えたもので、伝統的な庶民食ですが、これを日本で注文すると少し上品な仕上がりで出てきます。同様の現象は日本の回転寿司にも起こっています。元々高級だった生寿司を庶民食にしたはずの回転寿司が、欧米に進出してSushi Barに変身しています。先日テレビでは、枝豆の軍艦巻きを目撃しました。枝豆も日本では庶民食ですが、欧米では健康志向派の高級食材になっているようです。

 食べ物の現地化は悪いことではないと私は考えます。例えばカレーやラーメンのように、外国由来でありながら日本で独自の進化を遂げた食べ物は、日本の食文化を豊かにしたと言えるでしょう。今は海外で和食が評価を高めていますが、輸出して各地での現地化を許す方が面白い展開になると思います。例えば抹茶をコーヒーと同列の飲み物にアレンジするなど、日本人は思いつかなかったでしょう。しかし現地化したものは「本物」とはどこか異なります。それが冒頭で述べた私の違和感です。食文化を発信する側は、「現地に合わせて変えて結構。でも本物を味わいたかったら本国まで来てください」と言えるだけのプライドと寛容を持つべきではないでしょうか。