【訳書紹介】William J.Perry著・松谷基和訳『核戦争の瀬戸際で』

言語文化学科で韓国・朝鮮の言語と文化を教えている松谷基和先生の訳書『核戦争の瀬戸際で』(William J.Perry著、東京堂出版、2018)が刊行されました。本に対する簡単な紹介、そして『朝日新聞』と『日本経済新聞』に載った書評を紹介致します。

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<内容紹介>

現在、北朝鮮の核問題に世界中が注目しているが、北朝鮮と米国を巡る危機は、すでに1994年に起こっていた。当時のクリントン政権で国防長官を務めたペリー氏が、核戦争の瀬戸際で生きてきた自らの人生を振り返った自伝、『My Journey at the Nuclear Brink 』待望の翻訳。

<『朝日新聞』2月18日付書評>
まるで、けんかにはやる子どもたちを諭す老教師の光景だった。90年代末、米議会で北朝鮮政策を語ったウィリアム・ペリー氏の姿を私は今も思いだす。
脅しに屈するのか。なぜ敵と対話するのか。いらだつ議員たちの問いに、元国防長官は噛んで含めるように、対話と抑止を両立させる意義を説いた。
北朝鮮を孤立させれば崩壊すると信じるのは希望的な観測に過ぎない。米軍の態勢を維持しつつ、相手の真意を探る。それが当時、「ペリー・プロセス」と呼ばれた政策の肝だった。
20年後の今、北朝鮮問題は再び危機を迎えている。核をめぐる緊迫の度ははるかに増したが、為政者たちの思考は同じ轍を踏んでいるようにしか見えない。
日米両首脳は、ひたすら圧力を連呼し、トランプ大統領は「核戦争」まで口にした。米政権は「使いやすい」小型の核弾頭を開発する戦略も発表した。
人類の破滅を憂える想像力が、なぜここまで失われてしまったのだろうか。
核問題の最前線に立ち続けた、90歳の回想録はまさに時宜にかなう。東京と那覇の焼け跡を起点に、冷戦の核競争、キューバ危機、旧ソ連の核解体などに取り組んだ教訓をたどる。
核ミサイルをめぐる誤認など相互破壊態勢下の緊張をへて、到達した結論は明快だ。「核兵器はもはや我々の安全保障に寄与しないどころか、いまやそれを脅かすものにすぎない」
11年前にキッシンジャー氏らと「核なき世界」への提言を発表した。その確信は今も揺るぎない。核攻撃されても国を守れるという発想は絶望的な現実逃避であり、核の危険性は除去できないという信仰を「危険な敗北主義」と断じる。
トランプ政権の核軍拡にさえ追従する日本政府は、敗北主義の代表格だろう。政治的な強硬論が幅を利かせ、核政策までもがポピュリズムに流される。そんな時代の到来を、私たちはもっと恐れねばならない。

<『日本経済新聞』3月31日付書評>
本書はクリントン政権下で国防長官を務め、後にキッシンジャー元国務長官らと超党派で核廃絶を訴える論考を公表し、オバマ大統領の「核なき世界」演説を先導した著者が、自らの半生を振り返りつつ、改めて核の危険を訴える著作である。
1927年生まれの著者は敗戦直後の日本で現代戦争の惨禍をまざまざと実見した後、冷戦下で米国が核大国として急成長する中で核兵器の情報分析産業に携わることになった。62年のキューバ危機の際には西海岸から首都に呼び寄せられ、情報分析に携わった。キューバ危機がもたらした緊張を体感した最後の世代の一人だろう。著者も触れるように、冷戦後の歴史研究は、キューバに核兵器が運び込まれていたことをケネディ政権が察知していなかったことなど、危険な誤算が数多く存在したことを明らかにしている。著者によれば核戦争の回避は適切な対応と同時に幸運によるものだった。
カーター政権下で政権入りした著者は核軍備管理を進めようと尽力するが、その努力はソ連だけでなく国内の反対派にも妨げられた。著者によれば、通常火薬の100万倍の破壊力を持つ核兵器を通常兵器と同様に見なす誤りが、細部をめぐる損得勘定への拘りを生んだのである。ゴルバチョフ政権の登場で軍備管理が著しい進展を見せた時期の記述も印象的だが、国防長官として取り組んだソ連解体後の核不拡散問題に関する記述が本書の白眉だろう。
ロシアとの信頼関係を重視する著者は96年に北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大を延期するよう求めたが、政権内での論争に敗れたと後悔を込めて振り返る。だが、著者が94年に主導した、ウクライナなどからの核兵器撤去の代償として米英露がこれら諸国領土保全を約束した「ブダペスト覚書」にすでに問題は胚胎していたのかもしれない。ロシアからすれば同覚書は政治的混乱の中で核兵器を人質に押し付けられたと受け止められた可能性がある。
世界大戦やキューバ危機の恐怖を知らないトランプ大統領や金正恩国務委員長が核のボタンを握る時代において、著者の回顧は忘れてはならない貴重な教訓を含んだ証言と言えよう。

【目次】
序 章 もしワシントンで核兵器テロが起こったら?
第1章 キューバ危機、核の悪夢
第2章 天空の火
第3章 ソビエト核ミサイルの脅威
第4章 シリコンバレーの原風景
第5章 国防次官への就任要請
第6章 「相殺戦略」の実施とステルス技術の登場
第7章 アメリカの核戦力強化
第8章 核警報、軍縮、そして失われた核不拡散の機会
第9章 外交官としての国防次官
第10章 冷戦の終結、再び民間人として
第11章 首都ワシントンへの帰還
第12章 国防長官就任
第13章 核兵器解体、ナン・ルーガー法の実施
第14章 北朝鮮の核危機
第15章 STARTIIと核実験禁止条約をめぐる戦い
第16章 NATO、ボスニア、ロシアとの安全保障の絆
第17章 ハイチ「無血」侵攻と西半球安全保障の確立
第18章 軍事能力と福利厚生のあいだの「鉄の論理」
第19章 武器よさらば
第20章 途切れていたロシアとの安全保障の絆
第21章 共通の土台を求めて
第22章 北朝鮮政策の見直し
第23章 イラクでの大失策
第24章 「冷戦主義者」たちの新たなヴィジョン
第25章 核なき世界を目指して
終 章 日本 私の人生を変えた国

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