金永昊先生による韓国小説の翻訳書が刊行されました。

金源一著『父の時代-息子の記憶-』(韓国文学の源流シリーズ、書肆侃侃房、2021)が言語文化学科の金永昊先生、遠藤淳子さん(本学英文学科卒業生、韓国文学翻訳家)、金鉉哲先生(東北大学高度教養教育教員)の3人の翻訳によって刊行されました。

日本植民地時代終焉期に生を享けた金源一。
社会主義運動に奔走し、激動の時代を駆け抜けた父の像をさまざまな人々の証言をもとに綴った自伝的小説。
戦前から戦後にかけて、息子の記憶を通して描く「父の時代」の詳細な記録。


1月16日付『世界日報』に紹介された書評も併せて紹介します。

2022年度「原典講読」予備登録について


新年度の「原典講読」を履修する予定の皆様。

以下のシラバスをよく読み、下記のリンク先を通して予備登録を行ってください。

■ 2022年度の担当教員とシラバス

・ドイツ語:佐伯啓先生

前期

後期

・フランス語: 翠川博之先生

前期

後期

・中国語:塚本信也先生

前期

後期

・韓国朝鮮語:金亨貞先生

前期

後期

・英語:デール・アンドリューズ先生

前期

後期

・英語:秋葉勉先生

前期

後期

・英語:下館和巳先生

前期

後期

・英語:房賢嬉先生

前期

後期

・英語:坂内昌徳先生

前期

後期

・英語:文景楠先生

前期

後期

■ 予備登録提出期限:2022年2月7日

■ 提出先: https://forms.gle/on4FE4QJTTJn59tb6

■ 結果掲示: 2022年3月10日 言語文化学科ブログ及び掲示板

2022年度スクーリング情報: 課題図書紹介

言語文化学科に合格されたみなさん、おめでとうございます。

これからは、大学生活にとって重要な準備期間ともなります。皆さんにはどうか安心また慢心することなく、緊張感をもって残りの高校生活を送り、来春には新鮮な気持ちで大学の門をくぐってください。

お手元に届いた資料を改めてご確認いただくとともに、「課題レポート」中の課題図書については、学科教員が紹介また説明いたします。ご参照ください。

「課題図書 Part1」について

課題図書紹介 【ことばの分析】 担当:岸浩介先生

・黒田龍之助『はじめての言語学』(講談社現代新書、2004年)[電子版も可]

・広瀬友紀『ちいさい言語学者の冒険―子どもに学ぶことばの秘密』(岩波書店、2017年)[電子版も可]

 私たちは普段から何気なく「ことば」を使って生活しています。この「何気なく使っている」という事実があるため、「ことば」の使用はいわば「当たり前のこと」として見過ごされがちですが、少し視点を変えて考えてみると様々な問いが浮かんできます。いくつか例を挙げてみましょう。

 例えば、私たちは、今まで一度も発したことのない文を発することができますし、今まで聞いたことの無い文であっても理解出来ます。これはいったいなぜなのでしょう。また、私たちは、子供の頃に日本語の文法規則を誰からも教わらずに育ったにも関わらず、自由に日本語を使いこなせています。なぜこのようなことが可能なのでしょう。確かに国語の授業やテレビ番組などで「こういうときにはこういう日本語を使う」という風に「正しい日本語の使い方」を部分的に教わる、あるいは知識として取り入れることはありますが、果たしてその知識だけでこのようなことは可能になるでしょうか。

 次に外国語について考えてみましょう。「英語の文を作るときは、こういう順番で単語を並べる」とか「この形容詞はこの名詞を修飾できない」ということは習うことがありますが、「『なぜ』そうなっているか」についてはどうでしょう。「英語の文法にそういう規則があるからだ」という説明を受けることがあったかもしれませんが、ではその「英語の文法」に「なぜ」そのような規則があるのでしょう。また、英語と日本語では多くの相違点が見られると言われますが、共通点は本当に存在しないのでしょうか。

 上で述べたような問いに解答を試みるのが言語学の目標です。もちろんここでの問いは、わたしたちの「ことば」について問題にされることのほんの一部であり、様々な問題が「ことばの研究」の考察対象になりえます。これも「ことば」ということば自体がとても広い意味を持っており、各国の文化研究や外国語習得論、さらには脳科学といった様々な領域と密接に関連しているからです。スクーリングの課題図書として挙げた2冊は、この「ことばの研究」という極めて幅広い学問領域に最初の一歩を踏み出すための良いきっかけとなります。1冊目の『はじめての言語学』では、まさに「ことばの研究」がどのようなものかがわかりやすく説明されていますし、2冊目の『ちいさい言語学者の冒険』を読めば、子どもの「言い間違い」やことばに対する「気づき」を通して、ことばが持つ規則性を垣間見ることができます。これらの本を出発点にして「ことば」に対する理解を深めれば、言語文化学科でのより深い学びにつながるでしょう。

課題図書紹介 【考えること・表現すること】 担当:文景楠先生

・野矢茂樹『はじめて考えるときのように』(PHP文庫、2004年)[電子版も可]

・山田ズーニー『伝わる・揺さぶる!文章を書く』(PHP新書、2001年)[電子版も可]

「考えること」と「表現すること」は、どちらもありふれたことに思えます。この文章を読んでいる皆様は、日々何かを考え、そして表現しているはずです。例えば、「お腹が空いた」と頭で考え、「ご飯が食べたい」と誰かに向かって表現することがそうです。すでにできている当たり前のことなら、大学に入ってまで学ぶ必要はあるのでしょうか?

とはいえ、「じゃあ「考えること」や「表現すること」ってなんですか?」とまじめに聞かれると、なかなかいい答えは浮かんできません。それに、「きちんと考えなさい!」や「分かるように表現しなさい!」といった小言を聞いた経験を思い出してみてください。そういうときに、いったい何をどうすればいいのかがわからず、困ったことはありませんか?だとすれば、私たちは結局、「考えること」や「表現すること」が本当は何なのか、よくわかっていないようです。

東北学院大学で先に学んでいる大学生のお姉さんお兄さんたちも(本当のことをいうと先生の私も)、「自分の考え」をもち、それを「他人にわかるように表現」するために苦労しています。今回の課題図書2冊を通して皆様にお願いしたいのは、「考えること」と「表現すること」という一見当たり前でありふれた事柄に対する自分の無知を認め、それに少しばかりゆっくり向き合ってみることです。ちなみに、どちらの本も高校生の皆様に十分楽しく読んでいただけるものを選びました。ぜひ安心して取りかかってください。

2冊の本はスタイルがかなり違います。共通しているのは、どちらにも「こうすれば満点」といえるような安直な答えは用意されていないという点です。そもそも大学での学びは、正解が用意されているテストのようなものではないのです。大学の先生は、以前にも増して皆様に「君の考えは?」や「もっときちんと表現してくれませんか?」と聞いてくるでしょう。まだイメージがわかないかもしれませんが、とりあえずこの2冊のどちらかを読み、「すっきりしないな。でもなんだか面白そう!」という気持ちで大学にいらしてください。

後は色々と一緒におしゃべりしながら、「考えること」や「表現すること」とは何かを考え、表現していきましょう。

課題図書紹介 【ことばの習得と教育】 担当:坂内昌徳先生

・白井恭弘『外国語学習に成功する人、しない人』(岩波科学ライブラリー、2004年)

・竹内理『「達人」の英語学習法―データが語る効果的な外国語習得法とは』(草思社、2007年)

1.『外国語学習に成功する人、しない人』白井恭弘著

「何年も勉強しているのに英語が使えるようにならない」という挫折感を多くの日本人が抱えています。しかし一方で、英語を使って国際的な舞台で活躍する人もいます。成功と挫折を分ける要因は何なのでしょうか。そして、どういう学び方をすれば、英語が身につくのでしょうか。この本は、これらの問いに答えてくれます。

「これさえやれば英語が話せる」というような宣伝を見聞きすることがありますが、実は科学的根拠に基づいたものは少ないのです。外国語習得の研究者である著者は、これまでの研究で分かったことを紹介しながら、学習のコツを具体的に提示しています。「なぜ」を理解し「どう」すればいいかが分かれば、学習はしやすくなると思います。この本は、大学入学後も継続して学ぶ英語と、新たに学ぶ第二外国語の学習を支える一冊です。

2.『「達人」の英語学習法』竹内理著

「外国語は幼いうちに始めた方がよい」とよく言われます。実際、中学校で学び始めて最終的に高いレベルの英語力を手に入れる人が少ないことは、調査でわかっています。しかしこのことを逆に見ると、少数だが存在する、とも言えます。「達人」と呼ぶべきその少数派に、この本は注目します。彼らは一体、どのような学び方で英語をマスターしたのでしょうか。

第1~2章は、外国語習得に影響を与える様々な要因(年齢や性格など)について、研究で判明していることを紹介します。この部分は、白井氏の著書と一部内容が重なります。第3~5章は、達人たちが実際に行なった学び方の共通点を導き出し、効果的な学習方法を探り出します。そこからわかるのは、短期間で楽に英語が身につくような魔法はない、でも努力の仕方に秘訣はある、ということです。日本に生まれ、日本で普通の英語教育を受け、長期の留学経験もない人が、どうして英語の達人になれたのか、あなたも知りたくありませんか?

課題図書紹介【ことばとコミュニケーション】 担当:信太光郎先生

・鷲田清一『ひとはなぜ服を着るのか』(ちくま文庫、2012年)

・橋本治『人はなぜ「美しい」がわかるのか』(ちくま新書、2002年)

「美しい」とはどういうことでしょうか。たとえば味が美しいこと、つまり「美味しい」とは。それが、甘い、しょっぱい、辛いといった感覚刺激の一種ではないことは明らかです。しかしどんな感覚なのかと問われると、答えに窮してしまいます。味覚刺激をどう掛け合わせようと、「美味しい」はでてきません。(「旨い」とは違います。「旨い」の素はれっきとした化学物質です)。実際、「美味しい」というのは、あなたが口腔や鼻腔や食道の粘膜で感じるようなものでないのです。それはむしろ、あなたの身体の外側にひろがる感覚です。いうなら、美味しいと「誰か」に言いたい、美味しいと「誰か」に分かってもらいたい、美味しいから「誰か」にも食べさせてあげたい、そういった感覚が「美味しい」です。それは人と人の「あいだ」で感じられる感覚なのです。一般に「美しい」という感覚は、人間が人と人の「あいだ」を生きる存在であることに関わっているのです。

人間がこうして「あいだ」を生きる存在であるということは、人間が「服を着る」理由も説明してくれます。服というのは、体温調整機能をになった動物の毛皮のような、単なる生きるための実用品ではありません。人間にとって「服を着る」ことの本質的な意味は、身体表面というものを拡張することにあります。人間において身体とは、上皮細胞と粘膜によって囲まれた領域のことではなく、その表面のごく近くに引っ掛かった布地(第二の皮膚)を通じて、外側へと広がっていくものなのです。人間はその拡張された身体表面において、冷温感や触感という生理的皮膚感覚にとどまらず、「誰かのまなざし」も感ずるのです。こうした独特の身体感覚をもっていることもまた、「あいだ」を生きる人間存在を特徴づけています。

以上のことを念頭において、橋本氏、鷲田氏の本を読んでみてください。

「課題図書 Part2」について

課題図書紹介 【文化のしくみ】 担当:津上誠 先生

・片倉もと子『イスラームの日常世界』(岩波新書、1991年)岩波新書[電子版も可]

・福岡安則『在日韓国・朝鮮人』(中公新書、1993年)[電子版も可]

「文化」とは、各社会の人々が共有するものの見方や考え方のことを言います。「文化のしくみ」では、芸術や思想のように高尚なものから、家族とか衣食住、恋愛、占いのように、そこら辺に転がっていそうなものまで、さまざまな事柄を「文化」の現れとしてとらえ、考察します。

「文化のしくみ」研究には、「異文化理解を通じて自分の文化に気づく」という基本姿勢があります。 『イスラームの日常世界』 を選んだのは先ずそのことをわかっていただくためです。イスラム教徒は、1日5回祈るとか、女がベールを被るとか、断食月があるとかいった、不思議な習俗を実践します。この本はそれらを具体的に紹介しながら、実は彼らには私達にはない「すごいところ」があるのだということを、次第に気づかせてくれます。

もしあなたの身近に、いつもあなたを気にかけてくれ、何もかも与えてくれ、賢い生き方を教えてくれる人がいたら、あなたはその人に喜んで従いたくなるはずです。イスラム教徒にとっての神とはそういう存在です。彼らの「すごいところ」とは、そういう存在を信じられるということです。個々の習俗は苦行ではなく神が教えてくれた理にかなった行為としてとらえられます。日々の生活は神と共にあり、意味に満ちあふれています。

この本を読んでいくうちにあなたは、「すごいところ」を持たず何もかも自己決定せねばならない私たちの方がむしろ苦しい生き方をしているのではないかと思えてくるかもしれません。このときあなたは自文化についてひとつの気づきを果たしたことになります。

さて、もう一つの本には 『在日韓国・朝鮮人』 を選びました。それは、差別といったリアルな社会問題に直面したときにも「文化」を考えることになるのだということに、ぜひ気づいていただきたかったからです。

この本では、「在日」の人々が、自分が差別的状況の中にあると少しでも自覚してしまった場合、色々な「生存戦略」を採ることが紹介されています。自分が「在日」であることを隠し、普通の「日本人」として通そうとする人がいますし、そもそも自分は「在日」ではなく祖国(北朝鮮や韓国)の人間なのだと位置づける人もいます。他方、自分が「在日」であることを隠したり否定したりしない人もいますが、そういう人々にも、自分は何よりも「在日」なのだと言って「在日」というカテゴリーをありのままに肯定させようとする人がいれば、自分は確かに「在日」だが、そもそも私が何人(なにじん)であるかは(例えば私が音楽家であるということに比べれば)さして重要なことではないと言う人もいます。

しかし、この本をじっくり読んでいくうちにあなたは、「在日」の抱える問題の根っこには、「日本人」自身が知らず知らずにとってしまいがちな「民族」についての思い込みがあることに、気づいていくと思います。それは、人々を「韓国朝鮮人」か「日本人」かのどちらかに分けたがり、どちらとも言えない曖昧な存在は許さないという、「日本人」自身がとりがちな分類法です。差別といった生々しい問題にも、「文化」すなわち社会の人々が共有するものの見方・考え方が、根底に横たわっているということです。

課題図書紹介 【日本の言語文化】 担当:原貴子先生

・柳父章『翻訳語成立事情』(岩波新書、1982年)

・石原千秋『『こころ』で読みなおす漱石文学 大人になれなかった先生』(朝日文庫、2013年)

『翻訳語成立事情』

本書では主に、幕末から明治時代にかけて翻訳語がどのように生み出され定着していったか、に焦点を当てています。具体的には、「社会」「個人」「近代」「美」「恋愛」「存在」、そして、「自然」「権利」「自由」「彼、彼女」です。前者は、翻訳のために新たにつくられたことば、もしくは実質的に新造語とみなし得ることばであり、後者は、従来日常的に用いられてきたことばに新たに意味を付け加えたものとされています。

著者は、このような翻訳語の成立史を明らかにする際に、辞書に記された意味の変遷のみを追うのではなく、人々の関わりのなかで生まれた「ことばの、価値づけられた意味」を重要視します。例えば、明治20年代半ばには、loveの翻訳語として「恋愛」が広く流通しましたが、「恋愛」は従来の日本の「色」「恋」とは異なるものとされ、「色」「恋」よりも高尚なものと受け止める人々もいました。著者はこうした翻訳語の使い方をめぐって人々の間に揺らぎが見られる段階に着目して、その段階におけることばの意味、「広い意味での文脈上の働き」を中心的に取り上げていきます。

本書は、societyなどをはじめとするそれまでの日本にはなかった新しい概念が西欧からもたらされた際に、当時の人々がいかに格闘して時に変容させながらも自らのものとしていったか、その過程を臨場感をもって味わわせてくれると言えるでしょう。本書を通じて、これまで何気なく使っていた日本語の歴史的背景の一端を知ることができます。

『『こころ』で読みなおす漱石文学 大人になれなかった先生』

本書では、第1章~第3章にかけて『こころ』本文の精緻で時にスリリングな読解が展開されます。

第1章では、先生を「大人になれなかった」人物と捉え、先生は「Kを乗り超えることで「大人」になる儀式をすませようと思っていた」からこそ、Kの自殺に対して過度な罪悪感を抱くことに繋がったと著者は論じます。では、著者の言う「大人」とはどのような意味なのでしょうか。

第2章では、青年が、先生を乗り超えて「大人」になったために、先生の遺書には「妻には何も知らせたくない」と書かれていたにもかかわらず、先生の遺書を公表しようとしたと著者は論じます。

第3章では、静は、先生とKとの過去について「みんな」知っていた可能性があると著者は主張します。青年は、手記を書いている現在は、静に恋をして一緒に暮らす間柄になったために、実は静が「みんな」知っていたことを把握していると著者は考えます。

第4章では、『こころ』を漱石文学全体のなかで捉えています。著者は、漱石文学の多くは「遺産相続をめぐる物語」が主軸であると指摘します。著者の言う「遺産相続」には、「「真実」の相続」が含まれ、『こころ』は、青年が先生から「真実」の相続を果たした物語であると言います。

第5章では、朝日新聞社が期待した新たな新聞購読者層と夏目漱石が想定していた読者層の内実を明らかにしています。それが「ある程度の教育を受けた若い男性」であったからこそ、『こころ』を含む漱石文学では、女性という謎がよく扱われるのであると著者は結論づけます。

本書を通じて、小説を研究として読むことの奥深さや面白さを体験することができるでしょう。そして、小説のことばの意味を確定するには、その当時の文化的背景を調べる必要があることを実感できると思われます。

課題図書紹介 【中韓の言語文化】 担当:金亨貞先生

皆さんは、入学してから中国や朝鮮半島に関連する様々な授業を受けるでしょう。これらの授業を通して、メディアで接する皮相的なイメージではなく、良い面も悪い面も含め、当該社会のあるがままの姿について理解を深めていくことになるはずです。そして、それを通じて、「異文化との交流と共生」とは何か、真剣に考えてほしいと思っています。

以下の2冊が本年度の推薦図書となっています。少し難しいかもしれませんが、大学はいわゆる「学問の場」として、これからの皆さんに最も求められるのは、たくさんの本を読んで、批判的に思考することですので、ぜひ挑戦してみてください。

① 岡本隆司『中国の論理―歴史から解き明かす』(中公新書、2016年)
➁ 春木育美『韓国社会の現在―超少子化、貧困・孤立化、デジタル化』(中公新書、2020年)

① 『中国の論理――歴史から解き明かす』は、歴史・思想をテーマとした本です。いやはや、中国ほど不思議な国はありません。著者も述べていますが、何より言行不一致です。社会主義を標榜しているのに市場経済を取り入れ、いまや経済大国です。また、反日を主張しているかと思えば、大量の観光客が日本に押し寄せてきます。本書はそんな中国、中国人がいかなる論理(思考方法)で行動しているのか、主に歴史書や思想書の記述から迫るものです。古い時代から新しい時代まで(なんと孔子から毛沢東まで)、かなり長いスパンで対象を観察しているところも魅力です。

➁ 『韓国社会の現在―超少子化、貧困・孤立化、デジタル化』は、少子高齢化、貧困・孤立化、教育、ジェンダーなどを中心に、韓国社会が抱えている諸問題の現状と、打開への模索や試行錯誤を描いた本です。今日世界の各国で最も注目されている課題は「格差」の問題です。ここで格差とは、所得、教育、雇用、情報、世代、男女、地域など、様々な面から生じるものを意味します。この本では、統計資料などの客観的な指標を示して、一貫してこの格差の問題を扱っています。その社会的脈絡を理解し、解決するために取り組んでいる韓国人の悩みを共有することによって、日本社会が直面している問題についても有意義な示唆を得ることができると思います。

課題図書紹介 【英米の言語文化】 担当:井上正子先生

・池上彰『そうだったのか! アメリカ』(集英社文庫、2009年)

・コリン・ジョイス『「イギリス社会」入門』(NHK出版新書、2011年)

「英米の言語文化」のジャンルでは、イギリスとアメリカに関係する文化、文学、歴史、思想、政治、経済など様々なことを学ぶことができます。関連する科目として、「アメリカの言語文化論(2年次)」、「イギリスの言語文化論(2年次)」、「原典講読(3年次)」、「言語文化学演習(3年次)」、「総合研究(4年次)」が用意されています。ことばとしての英語の言語表現と機能を学び、それと同時にことばの背後にある意味をさまざまな視点から分析・研究することによって、英米の言語文化のもつ特質を学ぶことができます。

次に推薦図書について簡単に紹介します。

(1)池上彰著『そうだったのか!アメリカ』(集英社) は、よくあるアメリカの紹介本とは違い、池上氏が現代のアメリカが抱える問題を分かりやすく解説しています。9章で構成されていて、アメリカの「宗教」、「連合国家」、「帝国主義」、「銃」、「裁判」、「移民」、「差別」、「経済」、「メディア」について、豊富な資料をもとに多角的な視点から解説されています。読んだあとに読者が「そうだったのか!」と驚かされ、アメリカを十分に理解できる内容になっています。

もう一つの書物は、(2)『「イギリス社会」入門―日本人に伝えたい本当の英国』(NHK出版新書) です。著者はコリン・ジョイスという英国人ですが、大学卒業後に日本とアメリカに18年以上も滞在した経験を持っているため、自分の国の文化―例えば、お酒やパブ、コーヒー文化、歴史、イギリス英語とアメリカ英語の違いなどを、日本やアメリカの文化と比較しながら客観的に説明しています。ただ単に自国の文化の優れた点を強調している他の書物と違い、ユーモアを交えてイギリスの良いところも悪いところも均等に説明している入門書です。
(1)と(2)の書物は、本学の言語文化学科で他国の言語と文化を学ぶ方法のヒントを与えてくれる非常に役立つものです。

課題図書紹介 【独仏の言語文化】 担当:宮本直規先生

・小田中直樹『フランス7つの謎』(文春新書、2005年)

・新野守広・飯田道子・梅田紅子『知ってほしい国ドイツ』(高文研、2017年)

 フランス文化の紹介は、文学、絵画、音楽,映画などの芸術を題材として無数の書物が書かれてきましたし、また食文化やファッション関係の解説書も数多く存在します。しかし、それ以外の関心を持って留学した人が、実際にフランスに住んでみて感じたギャップやカルチャーショックを正直に記した本は意外に少ないのではないでしょうか。
 本書は、フランスの社会経済史を専門とする若い研究者がフランスに長期滞在したときに感じた、日常生活の疑問を率直に語り、その答えを探る内容になっています。いわば、日本の一般市民の視点を保ちながらのフランス体験記であり、知ったかぶりや無条件のフランス礼賛とは無縁です。
 一読すれば、頑固なフランス人気質が、グローバル化の波の中でどのような軋轢を引き起こしているのか、よくわかりますし、日本の社会と比較することによって、フランスの現状だけではなく、日本社会の常識を考える視点も与えてくれます。

 一方、「ドイツの言語文化」の課題図書は、『知ってほしい国ドイツ』(新野、飯田、梅田編著、高文研、2017、1700円)という本です。ドイツの文化や歴史について、入門者にも分かりやすく解説した本は現在数多く出版されていますが、この本もそうしたものの一つです。
 ドイツのペット事情やビールへのこだわりといった「ドイツ文化あるある!」的な記述でスタートし、第2次世界大戦を境としたその前後のドイツ文化の点描が続き、ヒトラーとナチズムについての章を経て、難民問題、脱原発、EUとの関係といった極めて現代的なテーマによって締めくくられます。特に第2次世界大戦前夜からヒトラー、ナチス、東西ドイツ、ドイツの再統一という近現代史の流れは、言語文化を志す皆さんには是非とも読んでおいてもらいたい部分です。
 「知ってほしい」というタイトルが示すとおり、ドイツのことを「知りたい」と思っているみなさんには格好の入門書であることは確かなのですが、個々の部分では入門書の枠を超えた、突っ込んだ記述になっていることもまた事実です。しかし巻末には時代毎のドイツの地図や簡単な年表もついていますし、その気になればネットやスマホを駆使して未知の概念を調べながら読み進むことも可能なはずです。今のうちに、ぜひそうした読書のあり方にもチャレンジしてみて下さい。

2021年度「原典講読」予備登録について

 新年度の「原典講読」を履修する予定の皆様。

 以下のシラバスをよく読み、下記のリンク先を通して予備登録を行ってください。


■ 2021年度の担当教員とシラバス

・ドイツ語:佐伯啓先生

前期 後期

・フランス語:宮本直規先生

前期 後期

・中国語:塚本信也先生

前期 後期

・韓国朝鮮語:金亨貞先生

前期 後期

・英語:デール・アンドリューズ先生

前期 後期

・英語:李承赫先生

前期 後期

・英語:巖谷睦月先生

前期 後期

・英語:房賢嬉先生

前期 後期

・英語:坂内昌徳先生

前期 後期

・英語:文景楠先生

前期 後期

■ 予備登録提出期限:2021年2月7日

■ 提出先:  https://forms.gle/tTVnbdMrhm61uL6k9

■ 結果掲示: 2021年3月10日 言語文化学科ブログ及び掲示板

2021年度スクーリング情報: 課題図書紹介

言語文化学科に合格されたみなさん、おめでとうございます。

これからの4ヶ月は、大学生活にとって重要な準備期間ともなります。皆さんにはどうか安心また慢心することなく、緊張感をもって残りの高校生活を送り、来春には新鮮な気持ちで大学の門をくぐってください。

コロナ禍のため、本学科恒例のスクーリング(来学しての入学前教育)は中止しますが、入学までの期間を有効に過ごしてもらうべく、「TGドリル」と「課題レポート」は例年通り、実施することとしました。

お手元に届いた資料を改めてご確認いただくとともに、「課題レポート」中の課題図書については、学科教員が紹介また説明いたしますので、今後とも本HPをご参照ください。

課題図書 Part1」について

課題図書紹介 【ことばの分析】 担当:岸浩介先生

・黒田龍之助『はじめての言語学』(講談社現代新書、2004)[電子版も可]

・広瀬友紀『ちいさい言語学者の冒険―子どもに学ぶことばの秘密』(岩波書店、2017)[電子版も可]

 私たちは普段から何気なく「ことば」を使って生活しています。この「何気なく使っている」という事実があるため、「ことば」の使用はいわば「当たり前のこと」として見過ごされがちですが、少し視点を変えて考えてみると様々な問いが浮かんできます。いくつか例を挙げてみましょう。

 例えば、私たちは、今まで一度も発したことのない文を発することができますし、今まで聞いたことの無い文であっても理解出来ます。これはいったいなぜなのでしょう。また、私たちは、子供の頃に日本語の文法規則を誰からも教わらずに育ったにも関わらず、自由に日本語を使いこなせています。なぜこのようなことが可能なのでしょう。確かに国語の授業やテレビ番組などで「こういうときにはこういう日本語を使う」という風に「正しい日本語の使い方」を部分的に教わる、あるいは知識として取り入れることはありますが、果たしてその知識だけでこのようなことは可能になるでしょうか。

 次に外国語について考えてみましょう。「英語の文を作るときは、こういう順番で単語を並べる」とか「この形容詞はこの名詞を修飾できない」ということは習うことがありますが、「『なぜ』そうなっているか」についてはどうでしょう。「英語の文法にそういう規則があるからだ」という説明を受けることがあったかもしれませんが、ではその「英語の文法」に「なぜ」そのような規則があるのでしょう。また、英語と日本語では多くの相違点が見られると言われますが、共通点は本当に存在しないのでしょうか。

 上で述べたような問いに解答を試みるのが言語学の目標です。もちろんここでの問いは、わたしたちの「ことば」について問題にされることのほんの一部であり、様々な問題が「ことばの研究」の考察対象になりえます。これも「ことば」ということば自体がとても広い意味を持っており、各国の文化研究や外国語習得論、さらには脳科学といった様々な領域と密接に関連しているからです。スクーリングの課題図書として挙げた2冊は、この「ことばの研究」という極めて幅広い学問領域に最初の一歩を踏み出すための良いきっかけとなります。これらの本を出発点にして「ことば」に対する理解を深めれば、言語文化学科でのより深い学びにつながるでしょう。

課題図書紹介 【考えること・表現すること】 担当:文景楠先生

・野矢茂樹『はじめて考えるときのように』(PHP文庫、2004)

・山田ズーニー『伝わる・揺さぶる!文章を書く』(PHP新書、2001)

「考えること」と「表現すること」は、どちらもありふれたことに思えます。この文章を読んでいる皆様は、日々何かを考え、そして表現しているはずです。例えば、「お腹が空いた」と頭で考え、「ご飯が食べたい」と誰かに向かって表現することがそうです。すでにできている当たり前のことなら、大学に入ってまで学ぶ必要はあるのでしょうか?

とはいえ、「じゃあ「考えること」や「表現すること」ってなんですか?」とまじめに聞かれると、なかなかいい答えは浮かんできません。それに、「きちんと考えなさい!」や「分かるように表現しなさい!」といった小言を聞いた経験を思い出してみてください。そういうときに、いったい何をどうすればいいのかがわからず、困ったことはありませんか?だとすれば、私たちは結局、「考えること」や「表現すること」が本当は何なのか、よくわかっていないようです。

課題図書:
野矢茂樹『はじめて考えるときのように』
山田ズーニー『伝わる・揺さぶる!文章を書く』

学院で先に学んでいる大学生のお姉さんお兄さんたちも(本当のことをいうと私も)、「自分の考え」をもち、それを「他人にわかるように表現」するために苦労しています。今回の課題図書二冊を通して皆様にお願いしたいのは、「考えること」と「表現すること」という一見当たり前でありふれた事柄に対する自分の無知を認め、それに少しばかりゆっくり向き合ってみることです。ちなみに、どちらの本も高校生の皆様に十分楽しく読んでいただけるものを選びました。怖い先生が書いた本じゃないので、安心して取りかかってください。

二冊の本は、スタイルがかなり違います。共通しているのは、どちらにも「こうすれば満点!」といえるような安直な答えは用意されていないという点です。そもそも大学での学びは、正解が用意されているテストのようなものではないのです。大学の先生は、以前にも増して皆様に「君の考えは?」や「もっときちんと表現してくれませんか?」と聞いてくるでしょう。まだイメージがわかないかもしれませんが、とりあえずこの二冊を読み、「すっきりしないな。でもなんだか面白そう!」という気持ちで大学にいらしてください。

後は色々とおしゃべりしながら、一緒に「考えること」や「表現すること」とは何かを考え、表現していきましょう。

課題図書紹介 【ことばの習得と教育】 担当:坂内昌徳先生

・白井恭弘『外国語学習に成功する人、しない人』(岩波科学ライブラリー、2004)

・竹内理『「達人」の英語学習法―データが語る効果的な外国語習得法とは』(草思社、2007)

1.『外国語学習に成功する人、しない人』白井恭弘著

「何年も勉強しているのに英語が使えるようにならない」という挫折感を多くの日本人が抱えています。しかし一方で、英語を使って国際的な舞台で活躍する人もいます。成功と挫折を分ける要因は何なのでしょうか。そして、どういう学び方をすれば、英語が身につくのでしょうか。この本は、これらの問いに答えてくれます。

「これさえやれば英語が話せる」というような宣伝を見聞きすることがありますが、実は科学的根拠に基づいたものは少ないのです。外国語習得の研究者である著者は、これまでの研究で分かったことを紹介しながら、学習のコツを具体的に提示しています。「なぜ」を理解し「どう」すればいいかが分かれば、学習はしやすくなると思います。この本は、大学入学後も継続して学ぶ英語と、新たに学ぶ第二外国語の学習を支える一冊です。

2.『「達人」の英語学習法』竹内理著

「外国語は幼いうちに始めた方がよい」とよく言われます。実際、中学校で学び始めて最終的に高いレベルの英語力を手に入れる人が少ないことは、調査でわかっています。しかしこのことを逆に見ると、少数だが存在する、とも言えます。「達人」と呼ぶべきその少数派に、この本は注目します。彼らは一体、どのような学び方で英語をマスターしたのでしょうか。

第1~2章は、外国語習得に影響を与える様々な要因(年齢や性格など)について、研究で判明していることを紹介します。この部分は、白井氏の著書と一部内容が重なります。第3~5章は、達人たちが実際に行なった学び方の共通点を導き出し、効果的な学習方法を探り出します。そこからわかるのは、短期間で楽に英語が身につくような魔法はない、でも努力の仕方に秘訣はある、ということです。日本に生まれ、日本で普通の英語教育を受け、長期の留学経験もない人が、どうして英語の達人になれたのか、あなたも知りたくありませんか?

課題図書紹介【ことばとコミュニケーション】 担当:信太光郎先生

・鷲田清一『ひとはなぜ服を着るのか』(ちくま文庫)

・橋本治『人はなぜ「美しい」がわかるのか』(ちくま新書)

「美しい」とはどういうことでしょうか。たとえば味が美しいこと、つまり「美味しい」とは。それが、甘い、しょっぱい、辛いといった感覚刺激の一種ではないことは明らかです。しかしどんな感覚なのかと問われると、答えに窮してしまいます。味覚刺激をどう掛け合わせようと、「美味しい」はでてきません。(「旨い」とは違います。「旨い」の素はれっきとした化学物質です)。実際、「美味しい」というのは、あなたが口腔や鼻腔や食道の粘膜で感じるようなものでないのです。それはむしろ、あなたの身体の外側にひろがる感覚です。いうなら、美味しいと「誰か」に言いたい、美味しいと「誰か」に分かってもらいたい、美味しいから「誰か」にも食べさせてあげたい、そういった感覚が「美味しい」です。それは人と人の「あいだ」で感じられる感覚なのです。一般に「美しい」という感覚は、人間が人と人の「あいだ」を生きる存在であることに関わっているのです。

人間がこうして「あいだ」を生きる存在であるということは、人間が「服を着る」理由も説明してくれます。服というのは、体温調整機能をになった動物の毛皮のような、単なる生きるための実用品ではありません。人間にとって「服を着る」ことの本質的な意味は、身体表面というものを拡張することにあります。人間において身体とは、上皮細胞と粘膜によって囲まれた領域のことではなく、その表面のごく近くに引っ掛かった布地(第二の皮膚)を通じて、外側へと広がっていくものなのです。人間はその拡張された身体表面において、冷温感や触感という生理的皮膚感覚にとどまらず、「誰かのまなざし」も感ずるのです。こうした独特の身体感覚をもっていることもまた、「あいだ」を生きる人間存在を特徴づけています。

以上のことを念頭において、橋本氏、鷲田氏の本を読んでみてください。

「課題図書 Part2」について

課題図書紹介 【文化のしくみ】 担当:津上誠 先生

・片倉もと子『イスラームの日常世界』岩波新書[電子版も可]

・福岡安則『在日韓国・朝鮮人』中公新書[電子版も可]

 「文化」とは、各社会の人々が共有するものの見方や考え方のことを言います。「文化のしくみ」では、芸術や思想のように高尚なものから、家族とか衣食住、恋愛、占いのように、そこら辺に転がっていそうなものまで、さまざまな事柄を「文化」の現れとしてとらえ、考察します。

 「文化のしくみ」研究には、「異文化理解を通じて自分の文化に気づく」という基本姿勢があります。 『イスラームの日常世界』 を選んだのは先ずそのことをわかっていただくためです。イスラム教徒は、1日5回祈るとか、女がベールを被るとか、断食月があるとかいった、不思議な習俗を実践します。この本はそれらを具体的に紹介しながら、実は彼らには私達にはない「すごいところ」があるのだということを、次第に気づかせてくれます。

 もしあなたの身近に、いつもあなたを気にかけてくれ、何もかも与えてくれ、賢い生き方を教えてくれる人がいたら、あなたはその人に喜んで従いたくなるはずです。イスラム教徒にとっての神とはそういう存在です。彼らの「すごいところ」とは、そういう存在を信じられるということです。個々の習俗は苦行ではなく神が教えてくれた理にかなった行為としてとらえられます。日々の生活は神と共にあり、意味に満ちあふれています。

 この本を読んでいくうちにあなたは、「すごいところ」を持たず何もかも自己決定せねばならない私たちの方がむしろ苦しい生き方をしているのではないかと思えてくるかもしれません。このときあなたは自文化についてひとつの気づきを果たしたことになります。

 さて、もう一つの本には 『在日韓国・朝鮮人』 を選びました。それは、差別といったリアルな社会問題に直面したときにも「文化」を考えることになるのだということに、ぜひ気づいていただきたかったからです。

 この本では、「在日」の人々が、自分が差別的状況の中にあると少しでも自覚してしまった場合、色々な「生存戦略」を採ることが紹介されています。自分が「在日」であることを隠し、普通の「日本人」として通そうとする人がいますし、そもそも自分は「在日」ではなく祖国(北朝鮮や韓国)の人間なのだと位置づける人もいます。他方、自分が「在日」であることを隠したり否定したりしない人もいますが、そういう人々にも、自分は何よりも「在日」なのだと言って「在日」というカテゴリーをありのままに肯定させようとする人がいれば、自分は確かに「在日」だが、そもそも私が何人(なにじん)であるかは(例えば私が音楽家であるということに比べれば)さして重要なことではないと言う人もいます。

 しかし、この本をじっくり読んでいくうちにあなたは、「在日」の抱える問題の根っこには、「日本人」自身が知らず知らずにとってしまいがちな「民族」についての思い込みがあることに、気づいていくと思います。それは、人々を「韓国朝鮮人」か「日本人」かのどちらかに分けたがり、どちらとも言えない曖昧な存在は許さないという、「日本人」自身がとりがちな分類法です。差別といった生々しい問題にも、「文化」すなわち社会の人々が共有するものの見方・考え方が、根底に横たわっているということです。

課題図書紹介 【日本の言語文化】 担当:佐藤真紀先生

・大野晋『日本語の教室』(岩波、2002)

・荒川洋平『日本語という外国語』(講談社現代新書、2013)

言語文化学科では、日本語教員養成課程の資格を取ることができます。今回は関連した2冊をご紹介します。

  • 『日本語の教室』

日本で生まれ育ち、子どものときから日本語を母語として育ってきた人にとって、「日本語」は当たり前のものだと思います。苦労して学んだ経験もないでしょうし、普段話すときに日本語の文法や表現を意識することもあまりないでしょう。

では、私たちが使っている日本語は、どのような特徴を持つ言語なのでしょうか。日本語は一体どこから来て、これまでどのように展開してきたのでしょうか。そして、これからどうなっていくのでしょうか。また、言語と文化は切り離せないものです。日本語は日本の文化や文明とどのように関わってき、これからどう関わっていくのでしょうか。

『日本語の教室』では、国語学者である大野晋氏が、このような質問に答えながら、日本語の謎を紐解いていきます。大野氏が述べる日本語のルーツに関する説は、きっと意外に感じることでしょう。また、日本語の文法や日本語の使い方等についての分析は、とても精度が高く、目から鱗が落ちること必至です。

  • 『日本語という外国語』

皆さんは、外国の人に日本語の質問をされた経験や、日本語を教えた経験はありますか。日本語が適切に使える人であれば、誰でも日本語を教えられるのでしょうか。答えは”No”です。日本語が使えることと、日本語を一つの言語として教えるということは、全く別ものなのです。

では、日本語が母語ではない人にとって、日本語を学ぶとき、どこがどう難しいのでしょうか。そして、私たちは日本語の特徴をどう伝えればいいのでしょうか。例えば「『おいしそうだ』と『おいしいそうだ』はどう違いますか?」と聞かれたら、皆さんどう答えますか。この2つは一見形が似ているため、初級の日本語学習者にとっては紛らわしい文型です。

『日本語という外国語』の著者の荒川洋平さんは、日本語教師です。その実体験をもとに、日本語とはどういうものか、日本語を教えるとはどういうことか等、日本語教師を目指す人が知っておくべきことが記されています。

 日本語教師にとって、学習者の視点に立って日本語を見ることはとても重要です。まずは、今回の課題図書2冊を通し、自分にとって「当たり前」の存在だった日本語を客観的に捉え返すところから、その第一歩を踏み出してみましょう。

課題図書紹介 【中韓の言語文化】 担当:城山拓也先生

皆さんは中国(中華圏)や韓国に関心はありますか? 「中国の歴史小説・歴史ドラマが好き」、「台湾や韓国に行きたい」、「K-POPが好き」という人は多いと思います。あるいは、政治、外交問題に触れて、少し怖いと感じてしまう時もあるでしょうか。

現在、多くの日本人にとって、中国・韓国は「好きか嫌いか」だけを述べ合う対象となっています。地理的に近いため仕方がないのかもしれません。中国、韓国に関するニュースがない日はありませんし、ネットを見れば必ず誰かが喧々囂々と議論をしています。

こうした中で、本学科の「中韓の言語文化」で基本に置いているのは、「好きか嫌いか」という感情論をいったん脇に置き、冷静に、幅広い視野から対象を理解することです。

今年度は以下の二冊を推薦図書に選びました。いずれも中国、韓国を理解するためには、うってつけの入門書です。

①岡本隆司『中国の論理――歴史から解き明かす』(中公新書、2016年)

➁金誠『孫基禎――帝国日本の朝鮮人メダリスト』(中公新書、2020年

①『中国の論理――歴史から解き明かす』は、歴史・思想をテーマとした本です。いやはや、中国ほど不思議な国はありません。著者も述べていますが、何より言行不一致です。社会主義を標榜しているのに市場経済を取り入れ、いまや経済大国です。また、反日を主張しているかと思えば、大量の観光客が日本に押し寄せてきます。本書はそんな中国、中国人がいかなる論理(思考方法)で行動しているのか、主に歴史書や思想書の記述から迫るものです。古い時代から新しい時代まで(なんと孔子から毛沢東まで)、かなり長いスパンで対象を観察しているところも魅力です。

➁『孫基禎――帝国日本の朝鮮人メダリスト』は朝鮮半島出身のマラソンランナーの生涯を追ったものです。孫基禎は日本代表として、初めてオリンピックで金メダルを取ったことで知られています(皆さんは知っていましたか?) けれども、本書は彼のアスリートとしてのすごさだけを語るものではありません。著者の主眼は、一人のマラソンランナーを軸に、20世紀の日本と朝鮮半島の関係を描き直すことにあります。また、オリンピックというイベントが、いかに政治的な磁場の中に存在してきたのか、歴史を通じて知ることもできます。

以上が本年度の推薦図書となっています。大学ではたくさん本を読みましょう。そして共に悩みましょう。我々は何よりも、学問する人を歓迎します。

課題図書紹介 【英米の言語文化】 担当:井上正子先生

・池上彰『そうだったのか! アメリカ』(集英社文庫、2009)

・コリン・ジョイス『「イギリス社会」入門』(NHK出版新書、2011)

「英米の言語文化」のジャンルでは、イギリスとアメリカに関係する文化、文学、歴史、思想、政治、経済など様々なことを学ぶことができます。関連する科目として、「英米文学史(2年次)」、「英米の言語文化(2年次)」、「英米文学(3年次)」、「原典講読(3年次)」、「言語文化学演習(3年次)」、「総合研究(4年次)」が用意されています。ことばとしての英語の言語表現と機能を学び、それと同時にことばの背後にある意味をさまざまな視点から分析・研究することによって、英米の言語文化のもつ特質を学ぶことができます。

次に推薦図書について簡単に紹介します。

(1)池上彰著『そうだったのか!アメリカ』(集英社) は、よくあるアメリカの紹介本とは違い、池上氏が現代のアメリカが抱える問題を分かりやすく解説しています。9章で構成されていて、アメリカの「宗教」、「連合国家」、「帝国主義」、「銃」、「裁判」、「移民」、「差別」、「経済」、「メディア」について、豊富な資料をもとに多角的な視点から解説されています。読んだあとに読者が「そうだったのか!」と驚かされ、アメリカを十分に理解できる内容になっています。

もう一つの書物は、(2)『「イギリス社会」入門―日本人に伝えたい本当の英国』(NHK出版新書) です。著者はコリン・ジョイスという英国人ですが、大学卒業後に日本とアメリカに18年以上も滞在した経験を持っているため、自分の国の文化―例えば、お酒やパブ、コーヒー文化、歴史、イギリス英語とアメリカ英語の違いなどを、日本やアメリカの文化と比較しながら客観的に説明しています。ただ単に自国の文化の優れた点を強調している他の書物と違い、ユーモアを交えてイギリスの良いところも悪いところも均等に説明している入門書です。
(1)と(2)の書物は、本学の言語文化学科で他国の言語と文化を学ぶ方法のヒントを与えてくれる非常に役立つものです。

課題図書紹介 【独仏の言語文化】 担当:宮本直規先生

・小田中直樹『フランス7つの謎』(文春新書、2005)

・新野守広・飯田道子・梅田紅子『知ってほしい国ドイツ』(高文研、2017)

 フランス文化の紹介は、文学、絵画、音楽,映画などの芸術を題材として無数の書物が書かれてきましたし、また食文化やファッション関係の解説書も数多く存在します。しかし、それ以外の関心を持って留学した人が、実際にフランスに住んでみて感じたギャップやカルチャーショックを正直に記した本は意外に少ないのではないでしょうか。
 本書は、フランスの社会経済史を専門とする若い研究者がフランスに長期滞在したときに感じた、日常生活の疑問を率直に語り、その答えを探る内容になっています。いわば、日本の一般市民の視点を保ちながらのフランス体験記であり、知ったかぶりや無条件のフランス礼賛とは無縁です。
 一読すれば、頑固なフランス人気質が、グローバル化の波の中でどのような軋轢を引き起こしているのか、よくわかりますし、日本の社会と比較することによって、フランスの現状だけではなく、日本社会の常識を考える視点も与えてくれます。

 一方、「ドイツの言語文化」の課題図書は、『知ってほしい国ドイツ』(新野、飯田、梅田編著、高文研、2017、1700円)という本です。ドイツの文化や歴史について、入門者にも分かりやすく解説した本は現在数多く出版されていますが、この本もそうしたものの一つです。
 ドイツのペット事情やビールへのこだわりといった「ドイツ文化あるある!」的な記述でスタートし、第2次世界大戦を境としたその前後のドイツ文化の点描が続き、ヒトラーとナチズムについての章を経て、難民問題、脱原発、EUとの関係といった極めて現代的なテーマによって締めくくられます。特に第2次世界大戦前夜からヒトラー、ナチス、東西ドイツ、ドイツの再統一という近現代史の流れは、言語文化を志す皆さんには是非とも読んでおいてもらいたい部分です。
 「知ってほしい」というタイトルが示すとおり、ドイツのことを「知りたい」と思っているみなさんには格好の入門書であることは確かなのですが、個々の部分では入門書の枠を超えた、突っ込んだ記述になっていることもまた事実です。しかし巻末には時代毎のドイツの地図や簡単な年表もついていますし、その気になればネットやスマホを駆使して未知の概念を調べながら読み進むことも可能なはずです。今のうちに、ぜひそうした読書のあり方にもチャレンジしてみて下さい。

【新任教員の紹介】李承赫先生(国際関係・英語)

<Q1> 「お名前」をお教え下さい。

李承赫(り・すんひょく)です。「り」は、韓国では「い」と発音するのが普通ですが、国籍がカナダに変わった際に、パスポート上の名字がLeeと表記されましたので、日本に来てからも発音がLeeに近い「り」にしています。

<Q2> 「ご専門(あるいは担当科目)」をお教え下さい。

英語IとII、原典講読、Advanced English Readingを担当していますが、「地球社会を生きる」も担当する予定です。専門は広く言えば国際関係です。詳しく言いますと、市民社会の意識が国家間の関係に与える影響でありますが、主に東アジアや中東のケースを中心に研究してきました。また、グローバリゼーション時代における地域社会と伝統文化の現状についても興味を持っています。

<Q3> 好きな食べ物は何ですか。

やはり生まれた国である韓国の食べ物が好きですが、和食も好きです。しかし、様々な地域のエスニック料理を試すのも何よりも好きです。地中海地域の食べ物や、タイ料理、中国の東北地域の料理も大好物です。

<Q4> 好きな映画を紹介してください。

―The Last of the MohicansとCold Mountain

この二作は北米の歴史の中での壮大な人間ドラマですが、映画の中で描かれる北米の美しい大自然が特に好きです。

―Blood Diamond 

私たちが高級な指輪にはめ込む宝石だと単純に思いがちなダイアモンドが、生産される過程で多くのアフリカの人々にいかなる悲劇をもたらすのか、レオ様の素晴らしい演技を通じて見事に告発しています。

―Forrest Gump

この映画がなぜ好きなのか、私もピンポイントしては言えませんが、見るたびに幸せになりますし、何か心が浄化されるような気になります。

<Q5> 最近嬉しかったことは何ですか。

ピアノを最近習い始めましたが、レッスン中先生からほめられた時に嬉しかったです。

<Q6> 感銘深く読んだ本と学生に推薦したい本をお教えください。

私が感銘深く読んだ本を、和訳版もありますし、学生時代に読んでも非常にいいと思いますので、そのまま推薦します。私の研究分野とは全く関係ないのですが、色んな意味で私の人生を変えてくれた3冊です。

― ベトナムの禅僧Thich Nhat HanhのPeace is Every Step(ティクナットハン、「微笑みを生きる―“気づき”の瞑想と実践」)

― ローマ皇帝Marcus AureliusのMeditations(マルクス・アウレーリウス、「自省録」)

― 現代スピリチュアル・ティーチャーEckhart TolleのThe Power of Now(エクハルト・トール、「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」)

<Q7> 研究者(あるいは教員)を志したのは いつですか。

修士2年生の時だったと思います。自分がいなくなった後にも自分が書いたものは残る、ということがなんとなく気に入り、また自分が書いたものを意外と読んでくれる人々がいて、面白いと思いました。

<Q8> 学院大(生)のよいところをお教え下さい。

赴任して今まで学院大の学生さんに一人も実際に対面であったことがありません。対面授業が再開されれば、たくさんの学生さんに会えると思いますし、楽しみです。東北を代表して世界で活躍できる人材がたくさんいると信じています。

<Q9> 学生時代に印象に残った先生について教えてください。

カナダ・トロントで私の博士論文の指導教授だったW先生です。学問的な実力と指導能力は当然ですが、それよりも、W先生は誰にあっても誠実・親切な態度で接していましたので、それが印象に残っています。人間関係を、社会での必要性とか、上下関係とかに応じてとらえるのではなく、有名な政治家からレストランのウェートレスさんにまでいつもカジュアルに接していました。

<Q10> 異文化“誤解”のエピソードがあればお教え下さい。

異文化“誤解”のエピソードと言えるかどうかわかりませんが、日本に来てから自分の「正体」が人々に誤解やちょっとした戸惑いを持たせるときがある、ということに気づきました。私は韓国生まれですが、長い間カナダ、日本、イスラエル、アメリカなど、海外で暮らしてきました。国籍もカナダです。ということで、日本に来てから様々な登録や申し込みをするたびに、受付の方々が興味と戸惑いを両方抱いて対応しているのだな、と感じるときがあります。日本社会が抱いている一般的な韓国人や北米人のカテゴリーとイメージ、どちらにも当てはまらないから少し不思議に思われているのかもしれません。今は徐々に慣れてきましたし、長々と説明するにも疲れてきましたので、最近は単に「韓国系のカナダ人で、「元」遊牧民です」という自己紹介に一貫しています。

<Q11> 赴任以来、「なんでやねん」と思わずツッコんでしまった出来事はありますか。

やはり、コロナですね。

<Q12> 五月病に悩む学生へ一言、「こうしてごらん」。

様々なリラックス方法とかが知られていますが、私は自分の気持ちや感情に正面から対面してみることをお勧めします。もちろん、自分の奥の感情に本当に静かに、また正直に、立ち向かうのは難しいことですし、怖いことですが、このような正面突破が一番いい時もあるのではないでしょうか。チベット仏教の聖人ミラレパにまつわる逸話を聞いたことがありますが、ミラレパが洞窟の中で修行していた時、悪魔に悩まされていました。逃げようとしても逃げられず、恐怖にかられていましたが、とうとう逃げるのをやめ、逆に悪魔に対面し、自ら彼の口の中に自分の頭を入れた瞬間悪魔が消えた、という逸話を聞いて感銘を受けたのを覚えています。

カナダの山、モンゴルの大草原、そしてギリシャの海が好きですが、モンゴルで自分が撮ったお気に入りの一枚です。

【新任教員の紹介】巖谷睦月先生(芸術論)

< Q1> 「お名前」をお教え下さい。

巖谷 睦月(いわや むつき)といいます。

<Q2> 「ご専門(あるいは担当科目)」をお教え下さい。

 担当科目は、芸術論、芸術の歴史などです。イタリアを中心とする20世紀の芸術を専門としています。長く研究を続けているのは、1899年にイタリアからの移民の子としてアルゼンチンで生まれ、幼少期にイタリアに渡り、1930年代から芸術家として活動を始めて、第二次世界大戦後にイタリアの前衛芸術の旗手となった人物、ルーチョ・フォンターナの作品や思想についてです。カンヴァスをナイフで切り裂いた作品が有名なのですが、私自身は、ネオン管で作られた作品に一番興味があります。

<Q3> 好きな食べ物は何ですか。

 鮎です。塩焼きも天ぷらもうるかも、何でも好きです。毎年、夏になると鮎を食べに色々な土地に旅をするのですが、今年は行けないので、自宅で焼かざるを得ません。鮎を自力でベストの状態に焼ける技術が欲しいです。もう七輪でも買ってベランダで焼いて、一人炉端焼き居酒屋をやってやろうかと思っています。

<Q4> 好きな映画を紹介してください。

 大変悩んだのですが、長くなるので二本だけ。

 一つは、ルイ・マルの「さよなら子どもたち(Au revoir les enfants)」。実家の和室に山ほど転がっていた、今は亡き映像記録媒体・ビデオテープのうちの一本でした。確か、高校時代に鑑賞したのだったと思います。見てからしばらく、足を引きずって歩く少年の足音が耳から離れませんでした。その少年が好きとか嫌いとか、正しいとか間違っているとかではなく、「あの状況においてああするしかない」人間がいること、そう「なる」ことについて、多分、人生で初めて考えた瞬間でした。

 もう一つは、ヴェルナー・ヘルツォークの「キンスキー、我が最愛の敵(Mein liebster Feind – Klaus Kinski)」。大学生か大学院生の頃に、東中野にある映画館のヘルツォーク特集を観にいった際の、最後の一本でした。ヘルツォークの映画には、迷優、とでも言っておくしかない独特の俳優、クラウス・キンスキーがしばしばキャスティングされていたのですよね。この映画は、彼が亡くなった際にヘルツォークが作ったドキュメンタリーというか……葬送の映画ですね。ああいう葬送をされる人生を歩みたいです。

<Q5> 最近嬉しかったことは何ですか。

 二年前、アルゼンチンに学会発表に行った際、2017年のアルゼンチン国立美術館でのフォンターナ展の展覧会図録を探して美術館のブックショップを訪ねたら、学芸部に確認を入れた店員さんが「そんな展覧会はここではやらなかった」と言ってきました。多分、うまく伝わらなかったか、学芸部が面倒がって適当に答えたのだと思います。だいぶねばったものの、開催館で手に入れられず、仕方なく他の美術館のブックショップや美術書を得意とする古本屋を探し回ってなお、手に入らなかったので、諦めて日本に帰ったのです。

 その後、学会で知り合ったカタログの編集者に連絡してみたところ、まさかのWordの入稿用原稿が送られてきました。その段階でだいぶ嬉しかったのですが、流石にこれは正式の文献として使うに支障があり、「図録のスキャンのPDFが欲しい」とお願いしてみたところ、学会に一緒に行ったD先生にあてて次のような連絡がきました。「展覧会に関わった他の人が持っていた図録を、日本に旅行する予定の知人に持って行かせる、その知人は京都でD先生と会う予定の人だから、D先生から図録を私(巖谷)に送って」と。

 地球の裏側から、京都経由で私の実家まで図録の実物が届いたとき、嬉しくてちょっと泣きました。最近と言えるかわかりませんが、昨年の話です。

<Q6> 感銘深く読んだ本と学生に推薦したい本をお教えください。

 感銘深く読んだ本と、推薦したい本を同じ本にしておきます。

 北村暁夫先生の『ナポリのマラドーナ』。サッカーが好きなら知っている方も多いと思いますが、マラドーナはアルゼンチン代表の永遠のスターであり、本国では彼が信仰対象の宗教まであります。

 ただ、この本はサッカー好きだけが面白いという類の本ではありません。マラドーナという選手と、彼が現役時代に経験する、歴史的に極めて重要な試合について、「それがなぜ重要であったか」を歴史的・社会的な背景から解説するのがこの本なのです。イタリアの南部に特有の問題や、アルゼンチンというイタリア系移民の極めて多い国の歴史を、「マラドーナ」を軸に語る書籍といってもいいでしょう。何かを研究し、語るにあたって、いくらでも面白い切り口はあるのだと教わった本です。

<Q7> 研究者(あるいは教員)を志したのは いつですか。

 今に至る進路を選択するに至った契機は二度あります。一度目は、高校時代、美術大学の油画科か彫刻科に入学しようと思って予備校に通い、基礎デッサンを学んだときです。漫画がお好きな方なら、『ブルーピリオド』の最初の方を思い浮かべてもらうと、私のやっていたことはまさにそのまま、あの感じでした。「他と比べて飛びぬけて能力がある」と思いこめるようなデッサンを描けなかった私は、絵でやろうと思ったことを、文章でやってみると、何倍も早く、望ましい形で実現できることに気づきました。ああ、これは私の手はものを作るのではなく、書くためにあるのだと確信し、美術に関わることを学んで、文章を書いて暮らそうと思ったのが、たぶん、最初の入り口でした。その時点で、研究者、大学教員、評論家あたりまでが視野に入っていたと思います。

 二度目は、母校の大学院の博士課程の試験に落ちたときです。当時、面白いほど語学ができなかったので、イタリア語の試験の点がべらぼうに悪かったのが原因でした。ぼんやりした浪人生活の中で、縁あって別の大学の院ゼミに出るようになり、翌年、その大学と母校の院試をなんとか突破しました。どちらに進むかを考えるため、院ゼミの先生と面談したとき、「自分はただの観察者であって、研究者ではないのではと思うことがある」という当時抱いていた疑問をぶつけたところ、「あなたは紛れもなく研究者だよ」と即答され、素直に信じた結果、今に至ります。

<Q8> 学院大(生)のよいところをお教え下さい。

 今般の事情により、直接、顔を合わせて話をすることのできた方は、ほとんどいないのですが……、講義に対するレスポンスや、諸々のやりとりから、「難しくてもなんとか最後までやり通そうと思っている」感じが大変よく伝わってくる点について、素晴らしいなあと思っています。

<Q9> 学生時代に印象に残った先生について教えてください。

 一番、印象に残っているのは、卒論から博論に至るまでの指導教員です。ああいう「適切な放任」をしてくれる方が指導者でなければ、まず間違いなく、私は途中で出奔したと思います。扱っている国が同じだけで、専門の時代は全く違うのですが、あの先生からは実にいろいろなことを学びました。

 また、これはQ7と関係するのですが、浪人時代から留学時代も入れれば八年間、院ゼミへの参加を許してくださった先生も、印象深い方です。あの先生には、20世紀におけるイタリアという国を扱うにあたって必要なことを学ぶ場を与えていただきました。お二方とも、印象深い先生ですね。

 インパクトの強い先生という意味では、他にもたくさんいらっしゃるのですが、お一人だけ。一年生が受講する「西洋美術史概説」を担当されたF先生は、ギリシア美術の専門家でした。数ヶ月にわたってパルテノン神殿についての講義が続いたため、一年間の授業がポンペイの壁画で終わったのはいまだに忘れられません。紀元後一世紀で通史の授業が終わる経験を、大学に入りたてでするとは思いもよりませんでしたが、いま思い出すと、とてつもなく贅沢な講義でした。もう二度と聴けないですが、もう一度聴きたい講義です。

<Q10> 異文化“誤解”のエピソードがあればお教え下さい。

 「ロマネスク」という、だいたい紀元後1000年前後から12世紀くらいまでの芸術に対して使う美術史の用語があります。これは、フランス語のロマン(roman)を英語にしたものなのですが、なんとなく、イタリア語は語尾の感じから「ロマネスコ」だと思いこんでいました。

 イタリアに留学した際、「ロマネスク様式」のことを話そうとして「ロマネスコ」を使ったら通じず、ロマネスク様式のことは「ロマニコ(romanico)」と言うのだと知ってびっくりしたのを思い出します。「ロマネスコ(romanesco)」は「(現代)ローマの」という意味で、古代ローマや、美術の様式には使えません。ちなみに「ロマーノ(romano)」だと、古代でも現代でも使える「ローマの」という意味になります。

 最近、「ロマネスコ」という野菜をスーパーで見てこの記憶が蘇ったのですが、あの野菜、イタリアでよく売っています。私の住んでいたあたりでは、「カヴォルフィオーレ・ロマーノ(cavolfiore romano/ローマのカリフラワー)」と呼ばれていました。

 ただ、「ブロッコロ・ロマネスコ(broccolo romanesco/ローマのブロッコリー)」という呼び名の方が一般的らしく、言われてみればブロッコリーの方が味も近いような気がしなくもありません。最初に覚えた呼び名のせいで、私の中ではカリフラワーの仲間なのですよね……これも誤解なのでしょうか。

<Q11> 赴任以来、「なんでやねん」と思わずツッコんでしまった出来事はありますか。

 コロナウイルスですね。もう他に何も思いつかないレベルの「なんでやねん」ですよ。

<Q12> 五月病に悩む学生へ一言、「こうしてごらん」。

 5月はだいぶ過ぎてしまいましたが……そういう時はしばらく、「寝た! 食べた! 生きてる! すごい! えらい!」と全力で自分をほめてみてはどうでしょうか。物事の目標を高いところに置いて力尽きるより、その状態でできていることをほめていくほうが、気が楽だと思いますよ。やる気が出なかったり、やるべきことができなかったりすることは、生きていれば誰でもあるでしょう。そういう時は、できている小さいことをほめて、気を楽にするところから始めませんか。できないことに悩んでしまったり、落ちこんだりすると、余計にできなくなってしまうことが多いです。人間、生きているだけでもう価値があるので、今日一日、ちゃんと生存できたことをほめるのは大事ですよ。

鮎です。美しい魚!

【新任教員の紹介】翠川博之先生(フランス文学・フランス語)

<Q1> 「お名前」をお教え下さい。

翠川博之(みどりかわ ひろゆき)と申します。

<Q2> 「ご専門(あるいは担当科目)」をお教え下さい。

フランス文学とフランス現代思想です。フランス語の授業を主に担当させていただきます。

<Q3> 好きな食べ物は何ですか。

あっさりしていて、味わい深いものが好きです。春の食材だと、蕗の薹、独活、こごみ、こしあぶら、タラの芽、筍、蕗……。魚や肉の他に季節を感じられる食べ物をよくいただきます。

<Q4> 好きな映画を紹介してください。

映画はほとんど見ません。気力が萎えて本を読む気になれない時に見ることはあります。映像を眺めているだけなので、ストーリーはすぐに忘れてしまいます。インド映画とか、ふだん馴染みのない景色を眺められる映画が好みと言えば好みです。

<Q5> 最近嬉しかったことは何ですか。

 長年探していた研究書が手に入ったことです。絶版本なので古書を探していたのですが、ずっと見つけられずにいました。どうしても読みたくて出版社に問い合わせてみたところ、なんと在庫が残っていたのです。三十年近く前の定価で購入することができました。

<Q6> 感銘深く読んだ本と学生に推薦したい本をお教えください。

 感銘を受けた本も推薦したい本もたくさんあって絞りきれません。昨年読んだ小説のなかから気軽に手にとっていただけそうなもの選ぶとすれば、梨木香歩さんの『村田エフェンディ滞土録』(角川書店 2004)がお薦めです。『家守奇譚』(新潮社 2004)や『冬虫夏草』(新潮社 2013)と併せて読めばさらに楽しめると思います。

 胸に響いた本や薦めたい本については、これから時を得てその機会に相応しいものを紹介していくつもりです。

<Q7> 研究者(あるいは教員)を志したのは いつですか。

 大学院の修士課程を終えて博士課程に進む時でした。研究者を志したというより、どんな形でも勉強は続けていこうと決めた、と言ったほうが正確です。職業は生活ができれば何でもいいと思っていました。教員になれたのは幸せでした。

<Q8> 学院大(生)のよいところをお教え下さい。

 これまで複数の大学でフランス語を教えてきました。学院大でも非常勤講師としていろいろな学部・学科を担当させていただいたので、よいところはたくさん挙げられます。言語文化学科の学生さんの特によいところは、明るくて人見知りせず、たとえ成績がいまいちでも卑屈にならないところ……。人を評価する物差しがひとつでないことを自然に体得しているような開放的なところがあって、これは多様な文化を学ぼうと入学してきた学科生ならではの美質だと思います。もちろん、あくまでも一般的な傾向です。学生さん一人ひとりにそれぞれの個性がありますから、これからたくさんの学生さんとより親しく関われるのをとても楽しみにしています。

<Q9> 学生時代に印象に残った先生について教えてください。

 学生を泣かせるので有名なT先生は、授業の後よくビヤホールに誘ってくださいました。詩人のK先生は、ご自分が主催されている詩の会に毎月連れていってくださり、詩作の指導をしてくださいました。Y先生のお宅には一年間ほとんど週末毎にお邪魔して、朝から晩まで囲碁を教えていただきました。大学院でお世話になったK先生は、夜中に飲みかけの一升瓶をさげて私の部屋を訪ねて来られるような豪傑で、一升瓶を空けてから先生いきつけの「我忘(がぼう)」というバーに行き、よく朝方まで飲みました。そんな先生たちから実にさまざまなことを学ばせていただきました。心から感謝しています。結局、詩も囲碁もセンスがなくてものにできませんでしたが、人生を楽しむ姿勢と学問を愛する精神は受け継ぎました。

<Q10> 異文化“誤解”のエピソードがあればお教え下さい。

 フランスに留学した当初の恥ずかしいエピソードがあります。大学に通いはじめて間もないころ、とても可愛らしい女性クラスメイトに「Tu as l’heure ?」と聞かれました。直訳すれば「時間、持ってる?」です。お茶か食事に誘われるものと思い、迷わず「Oui」と答えましたが、それが時刻を尋ねるくだけた表現であることを苦笑交じりに説明されてしまいました。文化を誤解したというよりも、無知な私が彼女の意図を誤解しただけですが、「誤解」と言うと真先にそれが思い浮かびます。思い出すだけで、今でも顔から火が出ます。

 今ふいに記憶が蘇ったのですが、日本語に堪能なフランスの友人が何かのおりに、「目から火が出る」と言って恥ずかしがっていました。目から出るのは、火花? こういう誤りは微笑ましいですね。

<Q11> 赴任以来、「なんでやねん」と思わずツッコんでしまった出来事はありますか。

 新型コロナウイルス騒ぎに遭遇してしまったことです。

<Q12> 五月病に悩む学生へ一言、「こうしてごらん」。

 日常から少し距離をおくこと。人には自分を見つめる心の目のようなものがありますが、心身が疲れてくると、その目が自分に同化してしまうようです。なんだか鬱陶しいばかりで、何がしたいのか分からないような気分になるのは、自分との距離がうまくとれていないからではないでしょうか。そんな状態になった時、私は旅をします。日常的な習慣から物理的な距離を取ると精神的な距離も回復できるような気がするからです。日帰り旅行でも効果はありますから、ローカル線にでも乗って、その日行きたいところに行ってみてはどうでしょう……と言っても、今は移動が制限されているので、日帰り旅行も難しいですね。そんなときこそ……インド映画を見てごらん。

旅先での一枚。水を見ているのが好きです。

【新任教員の紹介】城山拓也先生(中国近現代文学・中国語)

<Q1> 「お名前」をお教え下さい。

城山 拓也(しろやま たくや)と言います。

<Q2> 「ご専門(あるいは担当科目)」をお教え下さい。

専門は中国近現代文学で、「中国語」や「言語文化学演習」などを担当しています。もともと1920、30年代上海のモダニズム文学に関心があり、小説や詩などを対象に考察を進めてきました。いまは当時の漫画に目を向け、資料収集や作品分析などを行っています。中国近現代文学は日本では「何それ?」な分野ですが、私は本国中国でも「何それ?」と言われてしまう作家、作品を再評価することに喜びを感じています。

<Q3> 好きな食べ物は何ですか。

センマイです。中国語では「毛肚」。日本では焼肉屋さんで見ることができますね。ビール片手に、生のセンマイ(センマイ刺し)を酢味噌などに付けて食べるのがたまりません。中国では火鍋の時によく入れますよね。慣れていない人からするとグロテスクかもしれませんが、美味しいので、ぜひ。

<Q4> 好きな映画を紹介してください。

たくさんあるのですが、この場で一つ挙げるならば、『ウォールフラワー』(原題:The Perks of Being a Wallflower)です。

<Q5> 最近嬉しかったことは何ですか。

Nintendo Switchを手に入れたことです。

<Q6> 感銘深く読んだ本と学生に推薦したい本をお教えください。

村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』です。専門にも関連しており、20世紀の日本人がいかに東アジアと向き合ってきた/向き合っていくのか、独自の視点を提出していて考えさせられます。

学生に推薦したい本は、金庸の武侠小説です。まずは『射鵰英雄伝』、『神鵰俠侶』(日本語タイトル『神鵰剣侠』)、『倚天屠龍記』の三部作から読んでみてください。

<Q7> 研究者(あるいは教員)を志したのは いつですか。

いま考えれば、大学3年生時の北京留学が人生の転換期になったと思います。世界の広さを実感するとともに、自分がいかに無知、無学であるのか思い知らされました。

<Q8> 学院大(生)のよいところをお教え下さい。

新型コロナの影響でまだお会いしたことはないのですが、素朴で、いい学生さんが多いと聞いています。

<Q9> 学生時代に印象に残った先生について教えてください。

大学院生時代の指導教員です(今でもお世話になっている先生です)。中国の現代詩を読む授業だったのですが、難解な詩を前に、誰もが得心する解釈を披露されていたのが印象的でした。点と点をつなげて星座にするかのよう、とでも言えばいいでしょうか。「テクストを読む」とは創造的な行為であると思い知らされました。授業後の飲み会も楽しかったな。

<Q10> 異文化“誤解”のエピソードがあればお教え下さい。

中国に本物のお笑いがないと思い込んでいたことです。学生時代、僕は中国がお笑い後進国だと“誤解”していました。留学中、テレビをつけても、お行儀よさそうな漫才やコントはあれど、ビートたけしの如きブラックジョーク、ダウンタウンのようなシュールなどなかったのですから。政治批判や下ネタは言うまでもありません。ところがどっこい、中国語の勉強を進めるうちに、中国語のジョーク、スラング、罵り言葉が日本語以上に強烈で、バラエティ豊かだと知りました。当然ながら、ネット上の動画はもちろん、文学、映画にも作りこまれたもの、爆笑できるものはたくさんあります。中国には日本的なお笑いがないだけであって、笑うことに対する欲望は想像以上に大きかったのでした。

<Q11> 赴任以来、「なんでやねん」と思わずツッコんでしまった出来事はありますか。

新型コロナウイルス騒動で、毎日が「なんでやねん」です。

<Q12> 五月病に悩む学生へ一言、「こうしてごらん」。

こないだ、くまのプーさんが「Doing nothing often leads to the very best of something.」と言っていました。なので、答えは「何もしないをする」です。

四川料理です。中国はご飯が美味しいですよ