スクーリング情報⑨【日中韓の言語文化】課題図書紹介

【日中韓の言語文化】課題図書紹介       担当:原貴子先生

1.石川九楊『日本の文字―「無声の思考」の封印を解く』(2013年、筑摩書房)

 著者は、日本語の特徴は、漢字、ひらがな、カタカナの三種類の文字を使用することであると捉えています。それはすなわち、日本語には、三種類の文体があることを意味すると述べています。そして、この三種類の文字・文体を用いることが、日本文化にどのような影響を及ぼしているか、という問題意識で本書は描かれています。
 とすると、著者の主張を理解するために、まずは、著者が、漢字、ひらがな、カタカナをどういうものと捉えているか、をおさえる必要があります。つぎに、漢字、ひらがな、カタカナが用いられた文体が、それぞれどのような表現領域で用いられると著者は考えているのか、を確認していきましょう。ちなみに、書名に「無声」というあまり聞き慣れないことばが見られますが、このキーワードは、漢字の特性と関わりがあります。
 日本語における三種類の文字・文体について取り上げる際に、著者は、西洋由来の言語学(例えば、「文字は表意文字から表音文字へと発達した」とする見解など)をそのまま適用することや、それ以外の通説(例えば、「漢字は、形、音、義をもつ」とする見解など)を鵜のみにすることを批判します。また、東アジアの漢字を用いる文化に言及する際も、アルファベットを用いる文化と対比させていきます。ですので、著者の見解を理解する前段階として、反論・比較の対象とされているものも併せて確認し、双方の相違点を明確にしましょう。その際に、著者の用いる語の定義は何か、を意識してみると整理しやすくなると思われます。
 著者の見解の一部を紹介しておきます。例えば、これまでもひらがな表記を用いたことによって和歌において掛詞が盛んになったということが指摘されてきましたが、著者は、それは「ひらがなの本質から生じてきた一種の字韻」であるなどとより積極的に捉え直します。あるいは、現在流通している「文字」という概念のあり方に疑念を有する著者は、「誰も文字なんて書いてはいない」「決して漢字やひらがなやアルファベットが文字であるということにはならない」と主張します。
 こうした独自性のある興味深い見解が展開されていきます。本書を通じて、何気なく捉えていた「文字」について改めて考えたり、漢字、ひらがな、カタカナを有する日本語の豊かさなどが感じられたりすると思われます。

2.倉本一宏『戦争の日本古代史 好太王碑、白村江から刀伊の入寇まで』(2017年、講談社)

  本書は、倭国および日本が、北東アジアの国々との間にどのような戦争を行い、また、諸外国の侵攻にどのような対応を示したか、を追究したものです。それを通じて、北東アジア諸国が日本をどう見ているかを理解し、さらには、そうした眼差しが成立した歴史的背景を把握することが目的になっていると捉えられます。
 なぜ戦争に焦点化して北東アジアにおける古代史を振り返るのか、について、著者には、明確な考えがあります。それは、「近代日本のアジア侵略は、その淵源が古代以来の倭国や日本にあった」と考えていることです。著者が「近代日本のアジア侵略」の「淵源」と見なしたものは、具体的にはどのようなものでしょうか。著者によれば、日本において形成されてきた「小帝国志向」「東夷の小帝国」、ならびに、朝鮮半島諸国、とりわけ「新羅に対する敵国視」が該当するということです。この二種がどのようなものかを理解することが、重要になってきます。
 さて、本書は、四~五世紀の対高句麗戦から十一世紀の刀伊の入寇までを時系列で扱い、さらには近代における戦争を考えるために、十三世紀の蒙古襲来と十六世紀の文禄・慶長の役が追加されています。
 このような流れがわかりやすく整理されています。しかし、それにもまして魅力的なのは、多くの先行研究を踏まえた上で著者の見解が示されていることです。問題にされていることに対する先行研究の見解と著者のそれがどう重なり異なるのか、についても意識してみましょう。また、それぞれの見解を支える根拠は何か、についても考えてみるとより深まるかもしれません。
 その他には、著者の歴史を扱う手つきにも注目してみてください。例えば、著者は『日本書紀』の記述に対して、「このような都合のいい筋書きが、はたして史実と考えられるであろうか」と疑問を呈します。ここから、「史実」とは何か、歴史として叙述されるとはどういうことか、という問題が浮上します。
 本書を通じて、現代にも繋がるものとしての古代における北東アジア諸国との関係性を知ることができ、さらに、歴史における事実とはどういうものか、といった問題意識なども学ぶことができると思われます。

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